第8章 「~すべき」思考
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人々が独自のフィルターを通じて世界を見ているために、その独特の確信体系に影響を受けて、全く同じ出来事が様々な反応を引き起こす
現実はほとんど何の関係もない
実際に問題であったのは行動を判断する際に用いる価値やルール
病的な批評家はあなたの信念や価値を利用して攻撃してくる
「〜すべき思考」(should)はあなたが生きていくためのルールを作り上げ、批評家があなたの自尊心を突き崩す理論的な基礎となる
どのようにして価値は作られるのか
ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson)「民主主義のために世界を安全にする」と宣言してアメリカが第一次世界大戦に参戦
100年前を振り返るとそのどれもが戦争に値しないように見える
なぜ信念や価値はこれほど力強いのだろうか
信念の内容は恣意的でありしばしば誤ったものであるのだが、それを信じようという動機は人間の衝動の深い部分から生じている
ほとんどの信念はある種の基本的な欲求への反応として形成される
愛されたい、親から承認されたい、安全であり、大切にされている
あなたが親から教えられたルールや信念は価値をにじませる単語によって更に強化される
関わり、正直、寛容、威厳、知能、力など
第二群の信念は、ピアプレッシャーから生まれる
同世代の仲間に属して彼らから承認されたいという欲求
役割や地位が変化すると信念は劇的に変化することをいくつかの研究が明らかにしている
労働者の権利を訴える組合支持派の従業員が管理職になった途端に意見が変わることがある
新たなグループに適応する目的で新たな信念のパターンが生まれる
信念を形作る第三の大きな要因は感情的・身体的幸福感への欲求
苦痛に満ちた感情から我が身を守る欲求、快楽、興奮、意味を探し求める欲求、身体的な安全感への欲求
暴君のような「〜すべき」思考
ほとんどの信念やルールは欲求への反応として形作られるので、真実や現実とは無関係
「〜すべき」思考に基づいて行動しているのだと感じるには、その正しさを確信する必要がある。
信念の絶対的正しさ、善悪についての揺るぎない感覚
健康な価値と不健康な価値
健康な価値は柔軟である
柔軟なルールは状況に合わせて例外を認める
不健康なルールは常に不変ですべてに当てはめられる
柔軟性に富むルールではある割合で理想的な基準を満たすことに失敗する可能性があるということを認めている
柔軟性に欠けるルールにはそのような判断基準がない
健康な価値は与えられたものというよりは自ら獲得したものである
信念や「〜すべき思考」がある=生存のためにこのルールを必死で検証してきて、未だに自分にとって当然と考えている
親の価値をそのまま受け入れて内在化されたルールであり、自分自身の独自な状況、パーソナリティ、欲求にいかに合うかを考えていない
健康な価値は現実的である
健康な価値とは肯定的な結果と否定的な結果を評価することに基づいているという意味
関係する人々の長期的な幸福に繋がることをするように働きかける
これこそが価値の目標
これを追求するのは気分が良くなる人生に向けて手引きしてくれるから
非現実的な価値や「〜すべき」思考は結果と何の関連もない
「正しく」て「よい」からであって肯定的な結果につながるからではない
「原則に基づいて」行動することが求められる
帰結主義(consequencialism)
健康な価値は人生に制限を加えるのではなく人生を豊かなものにする
生きるために守っているルールが人間としてのあなたの基本的な欲求を考慮していなければならないという意味
健康な価値は情緒的、性的、知的、そして休養の欲求を追求するという柔軟性をあなたに与えてくれなければならない
生きるためのルールがあなた自身を制限するようなことがあってはならない
「〜すべき」思考が自尊心に及ぼす影響
「〜すべき」思考や価値があなたに合わない
成長とともに身につけてきた「〜すべき」思考の多くは単にあなたに合っていないことがある
合っていないのはあなたが親とは異なる時代や場所に住み、異なる希望、傷、欲求があるからである
他者によって作り上げられたものであり、他者の独特な状況における欲求を満たすものであった
「〜すべき」思考はしばしば不可能であったり、ある個人にとっては不健康であったりする行動を要求してくる
本質的には反道徳的でない状況、行動、嗜好についての善悪の道徳的概念を攻撃する
この過程は小児期に始まる
二者択一的思考が個人的なルールの価値やシステムにその場の言葉で組み込まれていく
多くの親は嗜好や好みといった問題と道徳的な考えを混同する傾向がある
多くの親はあまりよくない判断を道徳的な過ちと決めつける
判断の誤りであって道徳的な善悪とは関係ない
親が子供の嗜好、好み、判断、便利さを道徳的な問題と混同すればするほど自尊心は脆弱なものとなる
「すべき」思考を発見する
各領域について質問に答える
1. 過去あるいは現在において、私はこの領域に自責感や繰り返し悩むような感情を抱いているだろうか?
2. 私はこの領域に葛藤を感じているだろうか? 例えば、私がしなければならないことと、私がしたいことの間で引き裂かれるような想いをしているだろうか?
3. 私はこの領域で義務感とか、恩を感じているだろうか?
4. 私はこの領域で、自分がすべきであると感じている何かを避けているだろうか?
人生のある特定の領域で罪、葛藤、義務、回避の存在に気づいたら、根底にある「〜すべき思考」を同定するのは一般的にきわめて簡単である。
罪や葛藤が明らかに存在しているにもかかわらず、根底にある「〜すべき」思考を発見するのが難しいこともある
ラダーリング(laddering)
原因を段階的に探っていく
「もし私が_____であるならば、それは私にとってどのような意味があるだろうか?」で徐々に基本的な価値やルールまで降りていく
2種の袋小路に注意
一方的で単純な判断では答えない。(判断の根拠、判断を生んだ価値について述べる)
「私が悪い」「私が台無しにした」
感情をこめて答えてはならない
ラダーリングの目的は感情ではなく確信にたどり着くこと
「すべき」思考に立ち向かい、改訂する
すべき思考のリストを検討していき、批評家が攻撃に用いるものに印をつけていく
1. 自分の言葉を検証する
「すべきである」ではなく「するほうがよい」「むしろ〜したい」「〜を望む」
柔軟な言葉を使う可能性を認識する
2. 正しいか誤っているかの概念を捨て去る
ルールを特定の状況に当てはめる結果を見定めるようにする
関係のある人々に対して短期的結果や長期的結果はどのようなものであるだろうか?
誰かが傷つけられたり、誰かが助けられたりするとして、そのルールは合理的か?
3. そのルールが本来のあなたに合ったものであるのか自問してみる
そのルールはあなたを考慮しているだろうか?
そのルールはあなたの重要な欲求や夢、そしてあなたを支えている喜びを許しているだろうか?
本来のあなたやこれからもそうありたいという自分に、そのルールは本当に意味があるだろうか?
「すべき」思考を切り離す
反撃の最高の方法はひとつかふたつの文章からなる「マントラ」を用意し、暗記しておいて、「〜すべき」思考の要求に答えられない自分が悪いと感じたら、それを使ってみる
マントラには以下の要素が含まれているのが理想的
「すべき」思考を作り出した元の欲求を思い出させる内容
あなたがなぜ「〜すべき」思考を作り出したのかを見極めておかないといけない
自分が「〜すべき」思考の要求に応えていないという主な理由、あるいは状況
本来の自分ではないようにと「〜すべき」思考が要求してくることを思い出す
「〜すべき」思考に従ったために否定的な結果が肯定的な結果を上回ることも思い出す必要がある
償い: 「〜すべき」思考が理に適っている場合
合理的な「〜すべき」思考が自尊心に干渉する唯一の状況はあなたがそれを破った場合だけ
破ったルールが健康的なものであるとわかったならば、批評家の口を閉じる唯一の道は償い
自分のしたことの埋め合わせ
償いの手引き
1. あなたが傷つけた人にしたことが過ちだったと認めるのが重要である。
こうすることで、自分の行動に対する責任を受け入れることが明らかになる
2. あなたが傷つけられた相手に対して直接的に償う。
慈善団体に寄付する、誰かの庇護者になる、平和部隊に参加するといったことは、あなたが傷つけた人を直接助けることよりは効果的ではない
3. 償いは象徴的であるよりも現実的であるべきだ。
はっきりと分かる形で行い、傷つけた相手との関係に重要な影響が及ぶものでなければならない
4. あなたの償いは不正に釣り合うものでなければならない
ほんの一瞬の苛立ちなら手短な謝罪で十分かもしれない
過去6ヶ月冷淡だった場合は謝るだけでは十分ではないだろう